佐藤氏宅では、家人の許可を得ておよその場所も教えてもらい突入した。以前に車を止めて狙いをつけていたのだが、篠竹が生い茂っているので見つけられなかったが、今回は畑のほうから入れさせていただいた。
これがほぼ全体像。この右手には江戸時代などの墓が並んでいるが、お祭りはしていない模様。写真の奥の透いたところは、以前に狙いをつけたまさにその道路。ストリートビューにもわずかに写りこんでいるが気が付かなかった。畑からのすぐなのだが、竹がすさまじくて、体の自由が利かなかった。調査をして最後にこの写真を撮ったのだが、かなりの竹を踏み倒してやっと全体を撮ることができた。
石井町の資料では七体が記されているが、それ以上にあったので、忘れないうちに記録しておく。
石井地区17 121×36×5 名号 いちばん道路側
石井地区18 92×38×10 名号
石井地区19 110×37×10 名号
石井地区20 45×22×3 キリークのみ 下部なし
石井地区21 55×23×4 キリークのみ 右側欠、下部なし
石井地区23a 98×23×4 名号板碑の下部、あるいは地下部分 写真左部分に蓮華座と佛の文字がある。
石井地区22 39×34×5 名号頭部のみ
石井地区23b 42×33×3 名号頭部のみ 実は採寸もいい加減で、実はどちらだっか思い出せない。
石井地区23 40×32×3 名号板碑の陀仏部分。蓮華座が天にあり、上下が反転している。
石井地区23c 33×23×4 竹と後ろ側の板碑に挟まれて、動かない。したがって標識の判定は難しいが、二重線はくっきり。弥陀三尊の部分では?
石井地区23d 29×19×3 弥陀三尊 小型ながら応永マスプロタイプ
我々みたいな探偵団ではなく、本格的な調査を期待したいというのが正直な思い。
0 件のコメント:
コメントを投稿